待てができる犬と猫

猫はNOと言い 犬はYESと言う

さてさて、更新が遅くなってる私、どうしたか?って言うと筋肉痛みたいな四十肩。(笑) とうとう来ました四十肩。今までは、夜の仕事に出て重い物を持つ事もなく生きてきた20年、肩なんて凝る事はなかったのに最近ジワジワと筋肉痛とはまた違う重苦しい痛みが襲って肩と腕はサロンパスにお世話になって何とも情けなく新しい事に進みだした喜ばしい痛みなのかもしれない。私の話は置いといて

猫はNOと言い 犬はYESと言うのお話を進めたい。

なぜそう思ったかと言うと、例えば猫はおやつをもらう事は当たり前と考え、犬はお座りをしないともらえないのでお座りをして待つ 過去に猫にお座りを教えた事があるができた子は、30頭の内1頭だ、皆できない訳ではなく「しない」してまで欲しい物ではないからしないとゆう選択に近い。だが何故1頭だけができたかと言うと誰よりも食い意地が張っているからおやつが欲しくてたまらなくお座りを覚える。でもご飯の時は、もらう為にはどうすればいいか知っているから自分達で決められた場所に行きご飯に備えて準備をする。犬は違う命令されるまでウロウロ、そういった行動をずっと見ていると猫はNOが言える動物なんだと気付く、

どっちでもいいとあいまいな言葉はない

人間に多いのがどっちでもいいという返事だ。世に中にはどっちでもいい事はないと私は思っている。そして子供達が小さい時からそれを強く言って育てた。

例えば出かけた時 遠くに出かけ家から30分後「コンビニに寄る?」と尋ねると小学生低学年までは「どっちでもいい」と返事が返って来ていた。「お母さん着くまでどこにも寄らないけどいいのね?」子供達は後部座席でゲームをしながらまた「どっちでもいい」と答える。私は子供達に「どっちでもはないよ、寄るか寄らないか言わないとお母さん絶対に目的地まで何所にも寄らないからね」と言うと娘の方がはっと気づいたように「寄る」と大きく答える。コンビニに寄るのは何か買ってもらう為だけではない、トイレ休憩もかねて言われていて「どっちでもいい」と言うと母親中心になり自分たちの意見を聞いてもらえなくなると気付くのです。さすが お姉ちゃんは経験が違う 私達の親は途中でトイレに行きたいと言っても子供が漏らして車が汚れる、可哀想だからとか考えてくれる人ではないと経験済みなのです。それから少しずつ「どっちでもいい」と言う言葉は我が家から消え自由が限られた車は良い訓練場所になっていました。

YES・NOがいかに大切か

陰でグチグチ言う人に限って「NO」と言えず第三者その他大勢を巻き込む、そんな人の話を聞いて「ナゼなの?」と尋ねると「付き合いもあるし言えなかった」とか「変に思われたくなくて」と言い訳が次々と返ってくるが自分の事なのに言えないなら仕方ないし周りを巻き込む事はないのだ。「どっちでもいい」とか「YES」の返事を簡単にしてしまった時点で相手に振り回される選択をしたのは自分でその人ではない。そうやって周りを巻き込める人は強く弱い精神の殻を被っているのだ。確かに言いにくい事もあるが断る勇気を持たなければ大きな損をする事もあるし、精神的に追い詰められてしまうが相手を落し入れようと反対の行動に出てしまっている自分の恐ろしさを知った方がいい。猫みたいにお座りをしてまでおやつをもらわなくても意志を通す選択や犬みたいにお座りしておやつをもらっても従順さを失わない生き方を人間も学ぶべきではないだろうか?そして自分の意見を簡単に変えるYESマンには気を付けるべきだと思います

それでは、今日も最後までご覧いただきありがとうございました。

皆様と小さな家族が、素敵な何もしない時間を少しでも過ごせますように

コム君とアイビーの写真のランキングを2個クリックして頂けると

ブログ更新の励みになりますのでポチっとお願いします


人気ブログランキング にほんブログ村 猫ブログ 猫犬 多頭飼いへ
にほんブログ村
0

コメントを残す